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ウイルソンテニス デザイナー サウド・カザル インタビュー

ウイルソンテニスR&D サウド・カザルが語る、Wライン テニスラケット開発のエピソードです。

■サウド・カザル氏のプロフィール
クウェートの小都市アハマディで生まれ、ファアヒールで育つ。
32歳だが、本人は18歳のままのように感じている。
ミルウォーキー州のウィスコンシン大学卒。鉄骨構造及び鉄筋コンクリートを学び土木工学の学位を取得。その後、再入学して美術を専攻しグラフィックデザインの学位を取得。
『シカゴ・トリビューン』紙でウイルソンの求人広告に出会って、今に至る。

■サウド・カザル氏のインタビュー

問: W LINEラインはどのようにして生まれたのですか?

この質問に答えるのは、アントワン(アントワン・バロン)が最適かもしれませんが、僕の側からみた範囲で答えることにします。女性向けの製品シリーズのことは常に私たちの頭の隅にあって、いわば時期を伺っていたといえます。このところ女性向けの市場が拡大してきている現状を目の当たりにして、製品の開発に乗り出すことに決めたわけです。ラケットメーカーとしてはウイルソンが女性向け製品の先駆者となったことには誇りを感じています。どのように開発が始まったかというと、すべてはアントワンとビル(ビル・セヴェラ)と僕の三人のチームの中で徐々に醗酵して形になっていったというのがもっとも適切かもしれません。フレームを開発したのはビルです。まさにハイレベル志向のもので、そのフレームを見て、これこそが女性向けのラケットシリーズに相応しいと直感しました。その後のことは、ご存知の通りです。

問:このプロジェクトで最も大変だったことは?

サンプルを作ってもらうために、電子メールやJPG画像を使って自分の構想を説明するのが難しかったですね。最初の説明文書は、退屈なほど長くて延々と時間がかかり、このままずっと終わらないのではないかと思ったくらいでした。

問:このプロジェクトで最も楽しかったことは?

サンプルの第1号を見て実感がわいてきたこと。それと、実際にデザインに着手する前に行ったリサーチも楽しかったです。

問: W Lineの披露パーティーは誰がどのように企画したのですか?

ウイルソンは毎年USオープンの開催期間中に選手たちを招いてホテルでささやかなパーティを開いています。今年のUSオープンを控えて、イベントの準備について打ち合わせをしていたとき、これはW LINEを発表するために絶好のチャンスではないかと、ブライアン・ディルマン、アントワン、ジョン・ミュアーと僕が思い至ったわけです。つまり、恒例のパーティーをW Lineの事実上のワールドプレミア、ローンチパーティとしてお披露目の機会にしようという構想です。もちろん、参加者には内緒で。
僕がパーティーの企画を任されたのですが、本業の方も忙しかったので、実際の準備作業は業者に依頼しました。でも、主要な部分、例えば開催場所を人気のクラブ『GLO』にするとか、音楽はロンドンのバーグルーブ系を使うといったことはすべて僕たちで決めました。

問:一番好きな都市は?

ロンドン。

問:どこに行ってみたいですか?

日本ですね。お世辞ではなくて、ずっと東京に行ってみたいと思っています。

問:好きな食べ物は?

特には挙げられませんが…しいて言うなら母の手料理かな。

問:趣味は?

ウエイト・トレーニング。期待するほど筋肉はついていませんけど。

問:週末は何をして過ごしますか?

家(デュプレックス)の修理とか、改装とか。直すところとか、やらなきればならないことがたくさんあるので、手間がかかります。もちろん、クラブにも通っています。

問:W Lineのデザイン・コンセプトは?

一概には言えません。単一のデザインの製品シリーズではないので、女性に支持されるデザインがたくさん必要でした。デザイン・コンセプトも1つに絞らずに、ファッション業界からヒントを得て、何種類も用意しました。

問:尊敬するデザイナーといえば?

ファッションでは三宅一生、建築ではザハ・ハディド(イラク出身の女流建築家)、グラフィックデザインではデビッド・カーソン(アメリカのアートディレクター)。それから、イタリアのPortfolio社の家具や空間デザインも好きです。

 
 
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